私が、4年断ったステロイド薬をまた使い始めた経緯(3)

ステロイドをやめて、また使い出した話のつづき。

takagisaori.hateblo.jp

では、今はどうしているのか?という話です。

これが……もう地味すぎるけど書いておこう。

 

①基本は日々の生活習慣。これに尽きる。

これに始まり、これに終わる。基本中の基本。

 

まずは食。

 

野菜とたんぱく質を意識的に摂る。

季節のフルーツも欠かさない(義務というより楽しみ)。

 

今は夏だから、スイカや桃と…

あと俄然楽しいのがプラム類なのです。

ソルダム、大石プラム、プルーン、ネクタリン、秋姫・・・

プラム類は秋ぐらいまで多種多様に色々並ぶから

果物の棚を注目してるととても楽しい。

 

そして秋に近づいてくると、りんごが楽しい。

こちらも、早生種の未希ライフ、きおうから始まって

秋映、秋陽、定番のサンつがる、富士、ジョナゴールド

冬の終わりまでいろいろ食べ比べできる。

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いつかの秋姫。

冬は、りんごを食べながら

柑橘類をいろいろ。

あまり甘くないのが好きなので

メインははっさくかな。あと黄金柑とか変わり種も随時。

柑橘も春まで豊かです。で、やっぱり春はいちご。

 

 

今は本当に季節のフルーツに敏感なのだけど

これが昔は

春〜夏はキウイ、

秋〜冬はりんご。

その間に

すいかや梨、柿、グレープフルーツ、いちごが

時々差し込まれるぐらいのルーティンだったのですよ。

こんなに楽しい世界があったなんて。

(若者の果物離れって本当かな〜)

 

フルーツだけで書きすぎた。

 

野菜は調理せずに洗ってすぐ食べられるものを常備。

今ならミニトマトやグリーンリーフとか。

味噌汁の具は色バリエーション2色以上を意識。

赤:にんじん多用

緑:葉物いろいろ。←ここでバリエーションを出す。

黄:かぼちゃ多用

 

たんぱく質

外食で塊のお肉(チキンステーキとか)を選ぶようにしたり

家でもナチュラルチーズ(小分けのカマンベールチーズとさけるチーズが多い)

豆腐、納豆を常備。

 

ざっくりしてるけど、じゃないと続かないから。

 

食の基本はこんなところかな?

 

つづきます。

私が、4年断ったステロイド薬をまた使い始めた経緯(2)

 

アトピー治療でステロイドを4年やめたけれど

やっぱり再開した話。前回はこちらです。

ステロイドをやめたのは、

炎症が出ても自分の治癒力、免疫の力で

症状を落ち着けられる体になりたかったから。

 

症状が出るたびに薬で抑えないといけない状態に

疑問を持ったから。

それで最初はあまり深く考えず気軽に薬をやめてみた。

 

特に、ステロイドって

いろんな副作用が取り沙汰されるから

止められるものなら止めたかった。

 

薬やめて「脱ステロイド」すると

出た症状を抑えないから

どんどん炎症が広がって

休職せざるをえなくなった。

 

たしかに。

 

休職して実家に帰って

仕事も家事もせず、

栄養バランスのいいごはんも作ってもらい

ストレスフリーで治療に専念したときは・・・

徐々に良くなっていった。

薬もなくても大丈夫になった。

(1年のなかでも調子のいい夏だったから余計に)

 

だけど

半年後、仕事に復帰したら

そううまくはいかなくて。

 

もちろん自分なりに

生活習慣とか栄養面とか気をつけたつもりだったけど

やっぱり季節の変わり目にはしっかり悪化。

ステロイド以外のあらゆる治療法を

ネットで調べては試す、その繰り返し。

同じような境遇の脱ステロイドがテーマのブログも

かなりいろいろ読んだな〜

 

そういう治療は基本、保険外診療だから

かなりお金がかかる。

 

今考えると信じられないけど

漢方成分配合の軟膏、液体薬、飲み薬などを処方してもらって

1回あたり総額3万5千円(診察代含む)、とか。

よくなりたくて必死だったから。

(ちなみにこれも最初は効いたけど

徐々に効かなくなった。体が慣れるのか?)

 

で、

ステロイド4年目の冬に思ったのだ。

 

ある週末、症状がつらくて朝からずっとベッドの中にいて

「あれ、おかしいぞ?」

なんのためにこんなに我慢してるんだろう?って。

 

当時の私の毎日は、

「薬無しで症状を抑えること」

を中心に回っていた。

 仕事もプライベートも

そのためにセーブせざるをえない状態。

 

ステロイド薬をやめた時は

割と気軽な気持ちだったのに、

いつのまにかそこに執着して

それ自体が目的になっていた。 

 

自分の治癒力を高めたいと思ったのは

それ自体が目的じゃなく

そうすればもっと仕事やプライベートを

充実させられるはずと思ったからに違いなくて

なのに、そのゴールなんて忘れてた。

 

 

いつのまにか「負けられない戦い」みたいになっていた。

でも、その勝負から降りることにした。

決めたら早かった。週明けの月曜には医者へ。

帰り道の乗り換え駅のホームの端で、

誰もいない場所で、薬を絶った4年が思い出されて泣けた。 

 

そして、使い始めると本当に体が楽になったのだ。

 

だから、今は

症状が出たときにはステロイド薬を使いつつ

気に入った代替医療もうまく取り入れながら

自分が快適だなと思える暮らし方を探る日々。

仕事もプライベートも前より楽しめている。

 

ストレスフリーな生活なら大丈夫だったのだから、

薬を使ってまで手に入れたい「日々」って何?

って言われるかもしれないけど、

その優先順位は誰に口出されるものでもなく

自分が決めたことで。

 

仙人みたいな生活を送れば薬はいらない?

でも、きっと今の自分はその生活がストレスになりそうだ。

 

あと1回かな、、続きます。

 

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上海の街路樹。街と同じく生命力にあふれている。

 

私が、4年断ったステロイド薬をまた使い始めた経緯(1)

このブログは年に2回ほどの更新ペースなのだろうか・・・。
いろいろありますが私は元気です。

上海に行ってきました


考えてみれば、このブログってそもそもは
「じぶんのからだ」というサイト
(自分でHTMLやCSSのマニュアル書を見ながら作った)
のコンテンツの一部としてはじめたもの。

だから、「じぶんのからだ・から」だったわけだけど、
残念ながらそのサイトは続かなかった。

その理由はいろいろあるけど一番に挙げられるのは
立ち上げ時の私の考えのベースをなしていた部分
「薬をやめて」「自分の治癒力だけ」で
慢性疾患を治していくという
根幹を維持できなくなったことが大きい。

4年間ステロイドを断ちました。

その過程は、、
ステロイド症状でつらい

あれ?調子がいい?

ああやっぱり、症状がぶり返した、、の繰り返し。

いろんな代替医療にも頼って
保険外だから高額でお金もかさんだ。
当時は関西に住んでたけど
わざわざ東京の療法家のところへ
週1で通ったこともあった。
(交通費も宿泊費もかけて・・・)

それらの治療法も、最初は効果があって
「効いたかも!」うれしくなるんだけど
治療に体が慣れるのか、徐々に効果は鈍るんだよね・・・
それでその治療法では抑えられなくなる。
で、次の治療法を探す。その繰り返し。

それ・・・結局自分の治癒力に頼れてなくないか?
私の免疫の力上がってるのか?
そんな疑問がいつもあった。

症状が悪い時期なんて
週末は寝てるしかできなくて
いろいろ制限されて
それも「好転反応(めんげんとも言う)だから」とか
「自分の免疫が頑張ってるんだから」とか
「治癒力が上がるまでは我慢だ」とか
自分を納得させていた。

先が見えなくて
「いつになったら終わるんだろう」と
途方にくれる気持ちだった。


==

長くなるので、続きはまた明日にします。

習慣を共有するかどうかということ

丁寧なくらし実践者でもありませんが、
毎朝コーヒーをペーパードリップでいれます。
(牛乳いれてカフェオレに)
だって、おいしいからね。

コーヒーは豆で買って、電動ミルでひく。
1回挽くと3日分ぐらい、
だから3日に1度は挽いているわけだ。
これは正直、すこし面倒やな〜と思っているけど
やっぱり、こっちの方がおいしいし
なにより挽き立てでドリップするときのお楽しみがたまらなくて。
ドリッパーに湯を落とすと粉がぶわわ〜っと膨らむ
その様を見るのが好きなのです。

==

と、いうのが私の習慣の1つで
今後誰かと住んだとしても変わらないと思う。
けど、私はわりと相手のやりたい方に合わせられるので
習慣の無理強いはしないな〜
でも自分は続けるだろうけど、という話を
このあいだ友達としていたら、
「それって、相手はさみしいんじゃないかな〜」って言われて。
そんなこと考えたことなかったから、おお?! と思った。
「さおりちゃんの”好きなこと“に入れてくれないだ〜って思う」
そう言われて、そんなつもりはなかった、なるほどなぁ、と。

やりたいこととか、食べたいこととか、行きたいところとか
なんでも一人で私はやってしまうけど
それはすぐにでも遂げたいというのもある一方で
誘われても行きたくないかな〜
期待はずれだったら悪いしな〜って思って
誘わないということもあるから、
それは寂しいと思わせることもあるんだと学んだんですよ。

いいとこみせたいんだろうねえ。
かっこつけってことかねえ。
気楽にいたいもんだねえ。

それを簡単にオープンマインドとも言いたくないしね。

長いつぶやきだねえ。

やわらかな走り出し

さて引っ越ししよ、って決めて、
すでに気になるエリアは2つに絞られていたから
3つ内見して最後に見たところにグッときたので
決めました。決まりました。
早いもんです。あれこれ手続きもあっという間に終了。

と書くと、
衝動的に突っ走るタイプに思われそうだけど
私はわりと考えの発酵期間が長くて、
前の会社から独立しようか、ってときも
関西から東京に引っ越そうか、ってときも
長いこと頭の中で行ったり来たりしながらぐずぐず考えてた。
今回もそうだった。
一度は引っ越しやっぱやめる!って公言してたし。

ただ、振り返るに
うまくいく可能性が低くても
結局最後は「やるほう」を選んでるなって。
あんなに悩んだくせにいつだって
「まあ、なんとかなるか〜、
ならなかったら別の方法考えたらいいか〜」
ってなんとも、頼りない、
かっこよさの欠片もない走り出しなんですが。
それぐらいのやわらかさなら、
いろんな出来事の衝撃も吸収できそうだと自分では思っているんです。

お金のつかいどころを変えてみる。

限られた「お金」の使いどころには
その人の価値観が現れるもんだけど
私のことでいうと
大学を出て自分で家賃を払うようになってこの方、
家賃という大きな固定費は、
できるだけ安く、安く、がこだわりだった。

ずっとずっと、誰よりも安い家賃だったし
それを恥ずかしいと思ったことはない。
(むしろ誇らしいくらい。それもどうかと思うが)
そういえば、この仕事についてからずっとユニットバスだ。
でも年中湯船にお湯ためて浸かる。
面倒ではあるけど、今やもう慣れたもんです。

東京に出てきてからも、
毎月決まったお給料がもらえるわけじゃないのだから、
固定費はできるだけ安く! って、
それでも東京だから、
これまでで一番高い家賃を払っているのだけども、
まあユニットバスだし、一口コンロのミニマムキッチンです。

で、今、私引っ越したいのですよ。
それは「世間の33歳ってこんぐらいのとこ住んでるよね」っていう
実態のない何たるかに迎合してるわけでも、
「部屋とともに私もステップアップ!」という
良く聞くあれでもなくて、
お金の使いどころを変えてみたい、
そして自分に起こるかもしれない変化を
体感してみたいっていうこと。

増えた固定費のために、仕事を増やしたりする?
それとも外食を減らす?
家でごはん作る回数、お弁当率、増える?
人を家に呼ばない側の人間の私が招いたりするようになる?
今思いつくことなんて、
呆れるくらい本当に些細で、ごくごく個人的な事柄ですよ。
と、ノープランでここまで書いてきて思った。
結局、いつまでも大学生みたいな部屋に住んでることに飽きたんだろうなあ。

試してみたいのだな〜。
試したいと思ったら止められない性分なので。

移り気な人を捕まえたらいいやんって

昔ながらの道具、
とはいえ
値のはる、ものすごく良質なものでもなく、
さりげなく何気ないものが
今けっこう手に入らないのだと知って驚いた。

つい先日、母が東京に来ていたのだけど
連れて行ってほしいと言われて向かった
二度目の谷中、松野屋さん。

そこで、何を買うのかなと思えば、
これ。



(写真は撮らなかったので
インターネットの海から拾ってきました)

たしか、愛知の方で作っているとか
タグに書いていたような。

「どこを探しても見つからない」と、満足顔の母。
紙袋から長めの青い柄を飛び出させて
富山へと帰っていきました。

そういえば、
昔、雑誌「Re:S」の
行き当たりばったり取材で出会った
鳥取・赤碕のまちの写真屋さんのご主人も
草を刈る鎌、
「最近買った日本製のピカピカのんより
中国製かもしれんけど
昔から使ってる「これ」が断然切りやすいって
良心もって誰かが作ってるんやなって思った」
って話しながら見せてくれたっけ。
(それを私たち取材チームは泣きながら聞いていた)

淘汰されてしまったと言えばそれまでのこと。
生き残る努力が足りなかったと聞けば
それもそうだよなあと思ったりする。

「上質な暮らし」ブームで
手仕事がファッション的に消費されたりすることに
眉ひそめる人も多いけど、
光が当たって求める人が増えることはいいことじゃないの?
ほんとうに良かったらずっと使うんじゃ?
この手のことに関していつも私はそう思っていて
光当たった瞬間をチャンスやと思ったらいいやんって思う。
移り気な人に真価をみせて捕まえたらいいやんって。

甘いのかなあ?