大祓に思う、受け身姿勢のはなし。

今日から7月ですね。

昨日、30日は夏越の大祓
氏神さんの、越木岩神社に行ってきました。
大祓は12月と6月の、年二回。
この半年のうちに知らずおかした罪や心身の穢れを、
昨日祓い清めてきたというわけです。

今の家に引っ越してから
3度目の夏越大祓。
過去2回のこの日は、
ほんとにほんとうに体調悪かったな〜と
思い出しながら神事に参加しました。

氏子総代は99歳の男性。
暑い中、きっちりスーツを来て
髪の毛もぴしっと整えて
杖をつきつつ、しっかりつとめあげておられました。
その姿に、、
見た目を保つように気を使うことって
大事なんだよなあと今更ながら、実感。

祓いたまえ
清めたまえ
守りたまえ
幸えたまえ
…と、みんなで言って身の穢れを払い。
全員で列になって、茅の輪くぐり。
(写真撮っておけばよかった!)



これが、越木岩さんの茅の輪。


神事が続くなか、思ったこと。

世の中にはさまざまな
「こうあるべき」があるけれど。
ほんとうにそうかなって、
思い込みじゃないかなって
疑ってみると面白いなと。

例えば、
「受け身はあかん」
能動的であれ、って言うでしょう。
もっともらしいでしょう。
でも、ほんと?

確かに、よかれと思って
能動的に行動することはあります。私も。
でもでも、めちゃんこ受け身フルスロットル
起こる状況を受け取って受け取って受け取りまくって流れていくのも
いいんじゃないかな?

それは、ときに、
神の意志というか、
神さんが与えてくれる状況であるかもしれないと
私は思うから(神事のさなか、余計に)
ちっぽけな私の考えうる、想定しうることなんて
いったん置いておいて。
受け身バンザイの姿勢。

能動的なのが得意な人はそれでいいと思うし
それがいいと思う。
でも、私はかなり引っ込み思案なところがあって、
めちゃんこ人見知り。
(きっとそういう人も世の半分はいるんじゃないかなあ)
そういう人は、たまに、受け身を積極的にやってみても
いいんじゃないかなあ。
と、自分を振り返りつつ思ったんです。
受け身でよかったぞ、あのときは、、
と自分を振り返るとけっこうあるのですよ。

なんて、朝からだだっと書いてみました。
能動的でやれという風潮が
なんやらしっくりこないなあという方は
ぜひ心の片隅に置いてみていただけると!

さー!今日もがんばってきます!